Wednesday, 30 April 2014

ドックランズ・ミュージアム -2-

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「熱は出ない体質なので」と、標本箱に前回書いた途端、またやられた。 数年ぶり、39℃越え発熱で一日蟄居、というか蟄ベッド。 頻繁に、書いたら逆のことがおきるので、ここには「風邪がぶり返して、体調がすぐれない」と書いておく。そうしたら、次回には全快していることと(笑)。
蟄ベッド中も、近頃ついに買い込んだ、グラフィック・タブレット・Windows 8付というもので(ワコムのCintiq companion)ちまちま遊んで、初めてのWindows8の操作にも少しは慣れてきた。今年はどうやら、自分内デジタル・ディヴァイス元年? かなり遅ればせながら。

本題は、今回もMuseum of London, Docklands(ロンドン博物館、ドックランズ)通称、ドックランズ・ミュージアムより、Sailortown (セイラータウン)展示室のイメージを中心に。

このギャラリー(展示室)名になっている「セイラータウン」(船員街)というのは、港に付随して形成された船員用のパブ、宿(含、売春宿)、飲食店、資材・工具店がかたまっている街のこと。
語源は「ドックランズ」同様に一般語で(「チャイナ・タウン」のように)、世界各地の港町に「セイラータウン」があったのだそう。(英文ソース
ロンドンでは、Wapping(ウォッピング)Shadwell(シャドウェル)周辺の、旧Ratcliffe Highway(現在のThe Highway)界隈にあったようだが、現在ではその名前では存在していない。それを、このミュージアムの2階に再現したものがこの展示室。

時代設定は1840~1850年19世紀半ばの、大英帝国全盛期。華やかなヴィクトリア期の裏側、ジャック・ザ・リッパー系ダークサイド街へようこそ(笑)。


Sailortown Gallery
入り口のポスター。

Sailortown Gallery
そう、そして設定は日もとっぷり暮れた後、
これからが、セイラータウンのビジネス・タイム。

Sailortown Gallery
Chandler(チャンドラー)というのは、語源的には「ろうそく屋」だけれど、
そこから広がって、ろうそく・ライトを含む「日用雑貨屋」の意味合い。
船関連街なので、ロープがいろいろ。

Sailortown Gallery
店内の棚には、ロープ用の滑車やら、
オイルランプのカヴァーグラスやら。

Sailortown Gallery
店の奥の様子。

Sailortown Gallery
その先に意味ありげに開く半ドア・・・。
押してみたけど、これ以上は開かなかった(笑)。

Sailortown Gallery
その建物は宿屋だった。
船乗でないヨソ者が泊まろうものなら、拉致されて、
船員人夫か奴隷に売り飛ばされること保障付(笑)。

Sailortown Gallery
配偶者氏「怖いわ・・・。」(笑)

Sailortown Gallery
向こうに見えるのは、パブ。

Sailortown Gallery
店の中。

Sailortown Gallery
カウンターを観察する配偶者氏。

Sailortown Gallery
怪しげな動物商。
現在なら取引・製造不可のレア物動物・標本類を販売している。

Sailortown Gallery
しかし、この頃に怪しげにヨーロッパに入ってきた標本類を、
現在では「キャビネット・オブ・キュリオシティーズ」として、
アンティーク・ディーラーが、ありがたく売買しているのだった。

このイメージで、Brother's Quayの「Street of Crocodiles
連想するのは・・・私だけだよな(笑)。

Sailortown Gallery
エファメラ、ゲームを売る店のウィンドウ。

Sailortown Gallery
現代なら、ブロマイド、Netゲーム、フィギュア物に匹敵するんだろうな。

Sailortown Gallery
セイラータウンは、スラムでもあるわけで、
家財道具の乏しい、住居の一角。
真ん中に立てかけてある棒状のものは、
Washing Dolly(ウォッシング・ドリー)
これをバケツに入れて、洗濯に使うもの。

Sailortown Gallery
書割のテムズ河・・・に面した風景。



と、まぁ、ダークサイド・ロンドンを体験できる企画になっている。
この後、少しは明るい目に戻って・・・、

Dock Warehouse Offices
20世紀初頭の、港湾倉庫事務所の様子。

Dock Warehouse Offices
これは、電話のモデルから1930年代かな(?)。
同じく、港湾倉庫事務所風景。

Spice cabinet - Cutler Street Warehouses
スパイス倉庫の中の、スパイス・サンプルの、ディスプレイ・キャビネット。

Spice cabinet - Cutler Street Warehouses
最後に、クローズ・アップで。



ドックランズ・ミュージアム

No.1 Warehouse, West India Quay, London E14 4AL

毎日オープン,10:00am - 6:00pm (12月24 - 26日閉館)。
入館無料。

地図:

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次回は、そろそろフィレンチェ話の、予定です^^。



Saturday, 26 April 2014

ドックランズ・ミュージアム -1-

普段はあまり風邪をひかないほうだけれど、今回はやられた。
鼻がコテコテになってしまう、鼻かぜ降臨。熱は出ない体質なので、ボチボチ部屋でおとなしく作業を続行中。
何か作っていたら、元気になってくる体質…っていうのは、なかなか便利なもの。
友人・知人、とりわけ妙齢女子は、軒並みこの今年の「変な咳の続くしつこい風邪」にやられているので、ロンドン界隈の皆様は、要注意。

ロンドン・ネタ再びの今回は、ドックランズ・ミュージアムのイメージを。
正式には、Museum of London, Docklands(ロンドン博物館、ドックランズ)と呼ばれるこの博物館は、ロンドン博物館の支部として、2003年に東ロンドン・ Isle of Dogs(アイル・オブ・ドッグス)にオープンした。
建物自体は、19世紀初頭に建造された砂糖の倉庫で、第一種保存建造物(grade I listed)に指定されている。
ドックランズというのは、19世紀に全盛を極めた貨物船港のことで、北海からさほど離れていない東ロンドンのテムズ川流域は、世界各地からの商船・貨物船の集まる貿易港として機能していた。
第二次世界大戦後の物流革命の結果、ドックランズは廃墟化していたのが、80年代以降「ウォーターフロント再開発」されて、現在では金融経済・ビジネスの中核となっている。(この辺のドックランズ史は、WikiJpで詳しく日本語でも解説されている:このページ
自ずと、この場所に位置するドックランズ・ミュージアムは、テムズ川と貿易港の歴史と現在を紹介して、その切り口から、海運帝国イギリスの実態や、現代の世界経済におけるロンドンの位置づけといった、幅広い奥深い展示内容になっている。

相変わらず趣味と心の狭い私のこととて、フォトジェニックなモノを興味のままに撮っているので、自分内フィルターが入りまくりだけど…。


Old London Bridge, around 1440
1440年頃の旧ロンドン・ブリッジの模型。

ロンドン・ブリッジの位置にはローマ人の時代から、幾つもの木造の橋が架けられ、また、壊されてきた。
これは、13世紀初頭に完成した、初の石造橋。
ヨーロッパの橋の上はこんな風に建物が建てられることが多い。
先日滞在していたフローレスのポンテヴェッキォは、数少ない現存する「橋の上商店街」。そのイメージはまた、後日改めて^^。

Old London Bridge, around 1600
もう少し時代は下って、1600年頃。
エリザベス1世の晩年の頃。


建物がどんどん高層・大型化していく。 真中で目立っているのは、Nonsuch House(ナンサッチハウス)。
何に使用されていたかの記述はみつからなかったけれど、記録上初のプレハブ住宅で、オランダで設計・建造され、ロンドンに船で運ばれ、橋の上に組み立てられた。
Nonsuchというのは、「またとない」、つまり「ユニークな」と言う意味で、ヘンリー8世の、(残念なことに)現存しない、Nonsuch Palace(ナンサッチ・パレス)に由来する。
このパレス、17世紀のチャールズ2世が、「ガールフレンド」カースルメーン伯爵夫人バーバラにプレゼントしたところ、12年後、彼女はギャンブルの借金返済のために、パレスを引き倒し、建築資材として売り払ってしまったのだとか…。あぁ、もったいないー。

Old London Bridge
各橋桁の間は、こんな風に船がぎりぎり通れるぐらいの幅しかなかった。
つまり、川の流れが妨げられているわけで、
冬の気候が現代より厳しかったこともあり、
ロンドン・ブリッジ界隈では頻繁に、テムズ川が凍結した。
充分に凍結すると、
その上で「Frost Fair(フロスト・フェア=氷結祭)」が催されたもの。

Reproduction of The Rhinebeck Panorama c.1806
壁面一面に拡大複製されたもの、を、
写真に撮っているので、あまりいい画像ではないけれど、
Rhinebeck Panorama(レインバック・パノラマ)と呼ばれる、
19世紀初頭のテムズ川、タワー・ブリッジ界隈の賑わいを描いた水彩画。
この絵にもまた、いわくつきで、
1941年に、アメリカでピストル箱の敷紙に使われていて、発見された。

Reproduction of The Rhinebeck Panorama c.1806
そのディテール。
1806年に描かれていて、サルート(礼砲)が放たれているので、
トラファルガー海戦後のネルソン提督の凱旋と関係しているのかな。
これは想像…。

Untitled
このミニチュアは、時代がもっとさかのぼって、
16世紀、チューダー時代の港の様子を描いている。

Museum of London Docklands
展示室はこんな感じ。

Untitled
18世紀の大賑わいの港の風景。

Untitled
18世紀後半の船の断面ミニチュア。
ネルソン提督の頃の、海軍船かと思う。
裏資料を全然とってこなかったよ…。

Untitled
18世紀の港湾事務所の様子。

Untitled
外では人力の引き揚げ機。
どうやら奴隷として連れてこられた人力を使っていたもののようで、
窓に「脱走奴隷」の貼り紙が。
イギリスも帝国主義の主力だっただけあって、
「奴隷制」に関しては、たいがいの主犯級。
ここのミュージアムでは、別に「奴隷制懺悔部」に、
1フロアーが割り振られている。
社会派でなくて耽美派の私はスルーしたけど(笑)。

Untitled
小型の艀。

Museum of London Docklands
この一角では、19世紀後半から20世紀の、
ドックランズ港町の商店の様子を紹介している。

Ship Chandler's Shop
船舶関連の雑貨商。

Ship Chandler's Shop
そのワークショップ。

Challis's Bakery - Greenhithe
ベーカリー。

Docklands 19th century model
19世紀ともなると、さすがに人力ではなくて、
機械化された港と倉庫のミニチュア風景。

New London Bridge open - 1831
18世紀末には、交通量の増大から、
新ロンドン・ブリッジが企画され、1831年にオープンした。
橋桁の間隔が広くなったので、
以降テムズ川の氷結はなくなってしまった。
この橋は、20世紀に入って
一段と悪化した交通事情に対処するために、再度増築される。
しかしその負荷で、次第に沈下し始めたため、
1973年に現在のコンクリートの橋に架け替えられたのだった。

Thames Tunnel - Sniff box
19世紀テクノロジーの業績、テムズ・トンネル

Thames Tunnel - Sniff box
11m幅2車線のトンネルが、Wapping(ウォッピング)と、
 Rotherhithe(ロザハイス)の間400m弱を繋いだ。

The Thames Tunnel
現在でも、London Overgroung(オーヴァーグラウンド)線のトンネルとして、
現役で活躍中。

次回もまた、このミュージアムの続編を。


ドックランズ・ミュージアム

No.1 Warehouse, West India Quay, London E14 4AL

毎日オープン,10:00am - 6:00pm (12月24 - 26日閉館)。
入館無料。

地図:

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Tuesday, 22 April 2014

London Coliseum-ロンドン・コロシアム劇場

予定通り、ロンドン・ネタを引っ張り出してきた。
今回は、この前観にいったオペラの話・・・というか、私のこととて、正確に言うと「劇場」の話で、London Coliseum-ロンドン・コロシアム劇場。
年に1度ぐらいで、オペラを配偶者氏と観にいく。私の「ゆがんだマイナー耳(マイナーチューンしか、うまく認識できない)」のせいで、観にいくのはイタリア・オペラか、ロシア・オペラ(つまり、ワーグナーやモーツァルトではないということ)。
コベントのRoyal Opera (ロイヤル・オペラ)専門で、なおかつオーセンティックな大時代がかったコスチューム/舞台美術のものしか行かない。なので、どんどん観にいきたいものが限られてしまうのだけど・・・。
普通なら「鬼門」のENOこと、English National Opera(イングリッシュ・ナショナル・オペラ)、なんでまたそんなに嫌いかというと、イタリアンオペラを英語で歌われると気が狂いそうになるので(笑・・・そう、ENOは英語訳詞が基本)、そして、たいていコンテンポラリー設定で、フル・コスチューム・モノはやらない。
そのENOがレジデンツの、ロンドン・コロシアムに、モスクワからNovaya Opera(ノーヴァヤ・オペラ)が初来英した。プログラムは「Prince Igor(イーゴリ公)」(あ、もちろんロシア語の歌詞)。
ロシア・ネタ好きの私としては、これは外せないでしょう、というのでさっそく観にいってきた。

ENOを鬼門としているだけあって(何度もいうなって・・・笑)、ロンドン・コロシアムには一度も入ったことがない。
今回初めて中を覗いてみて、「劇場」としてはコベントのロイヤルよりこじんまりしていて、それでいてデコラティヴでなかなかいいんでないか、とちょっと驚いた次第。


London Coliseum
デコラティヴな屋根スパイア部分がよく目に付く。
外側から「キレイな建物だな」とは思って見ていた。

London Coliseum
正面のフリーズ部分。

London Coliseum
photo by Mike Peel via wikipedia
全体像・・・は借り物写真。

19世紀末?と思っていたら、調べてみたところ、
20世紀初頭の1904年,建築家Frank Matchamのデザイン。

London Coliseum
エントランス・ホール部分の天井はモザイク仕様。
(以下チビ・カメラで撮ったので、画像はいまひとつ。)

London Coliseum
19世紀末~20世紀初頭風のミューズ達。

London Coliseum
2階のロビー部分から、モザイクを眺める。
顔全体が一枚物の彩色描写タイルになっているので、
デリケートな表現になっている。

London Coliseum
2階ロビー部から、3階ロビー部にかけて、
円形の吹き抜けが設置されていて、
その上にはステンドグラス。

London Coliseum
の、ディティール。
テーマはワグナーの「ニーベルゲンの指輪」。

London Coliseum
座席とホールの間のステンドグラス。

London Coliseum
「コロシアム」というだけあって、
やや(ローマン)ルネッサンス・リヴァイヴァル的なデザイン。

London Coliseum
さっきはワーグナーだったのに、ここはローマン、
というツッコミはさておき・・・(笑)。
「アイーダ」も演れば、「ニーベルゲン」も演るということで。

London Coliseum
客席の天井ドームにもステンドグラス。

London Coliseum
この天井がなかなか美しい。

Prince Igor: Kolobov Novaya Opera Theatre of Moscow
劇場建築のディティールばかり見てるけれど、
オペラ観にいったのでした。
これは、カーテンコール。

Prince Igor: Kolobov Novaya Opera Theatre of Moscow
シンガーはすばらしかったけど、ダンサーがいまひとつさえないのが残念。
なぜまた、オペラにダンサーかというと、
名曲「Polovstian Dance(韃靼人の踊り)」の部分は、
たいていオペラ部に併設しているバレエ部の共同出演になるのだった。
ボロディンが未完で残した「イーゴリ公」は、
いくつかのアリア部、ダンス部がばらばらのまま残されていたのを、
リムスキー・コルサコフとグラズノフが、繋ぎ合わせて完成させた作品。
(なので、話がばらばらな感じは否めない。)
それぞれの見せ場を楽しむコンピレーション、と思って観た方が楽しめる。
そして、後半最大の見せ場が「韃靼人の踊り」なのだけど。

オマケ・ヴィデオは、こちらはダンスもいけているKirov ( Mariyinksky) Opera Company
(キーロフ/マリンスキー・オペラ)の「Polovstian Dance」




オマケNo2は、一番の「聞かせどころ」
Prince Igor's Aria (イーゴリ公のアリア)同じく、キーロフ/マリンスキー・オペラ、
Nicolai Putilinのイーゴリ公。