Tuesday, 7 September 2010

Cardiff Castle(カーディフ城)-1-

今回のウェールズ旅行の目的の半分はこのCardiff Castle(カーディフ城)。

もともとは11世紀ノルマン朝内乱期にグロスター伯ロバートの築いた城で、今でもその城郭は敷地内に残っている。
しかし、それよりもこの城は、19世紀ゴシック・リヴァイヴァル建築家のウィリアム・バージェスの代表作として知られている。
ウィリアム・バージェス(1796–1886)は、ウィリアム・モリス達より一世代ほど年長で、「モリス一家」の画家ロセッティと面識はあったようだが、製作活動としての接点はまるでない。モリスがどちらかといえば「みんなでやろうぜ」気質なら、バージェスはあくまでも単独プレーヤー。中世の幻想の中に生きていて、現実の時代とは係わり合いを持たない「エキセントリック(奇人)」。中世コスチュームを着て仕事をしていたり、生涯独身で家族生活には興味がない。私などは、とても共鳴してしまう(笑)。
裕福なエンジニアの息子として生まれて(モリスも典型的な中流のバックグラウンドだが、それ以上の・・・)、生活のために仕事をする必要はまったくない。あくまでも自分の理想探求の手段として建築を選んだ・・・といってもいいだろう。
その彼が1865年に、このカーディフ城の若き当主Lord Bute(ビュート候)と出会う。このビュート候は、領地から石炭が産出した・・・いまならさしずめアラブ首長国連邦の王子とでもいったところ・・・底なしの潤沢な資金を有している。その上、バージェスと同じく中世の夢想の中に生きている。これではまるでソウル・メイトだ・・・(笑)。その2人がその後20年にわたって、ここカーディフ城とCastle Coch(コーフ城)を、彼らの「理想宮」に作り上げていくことになる。
前置きはこれぐらいで、イメージに入ろう。

Castle in rain
右手に中世の城郭が建つ。正面が18世紀建造の屋敷。
19世紀中に、ビュート候とバージェスによって大改装されたのはこの建物。
訪れた日はあいにく大雨。とてもゴシックな雰囲気をかもし出してしまった・・・。

Entrance Hall
入口ホール。ここのステンドグラスは美しいが、まだ「地味」な造り。

Stained glass in Entrance Hall
入口ホールのステンドグラス。

Stained glass in Entrance Hall
入口ホールのステンドグラス、ディーティール。
イギリス歴代の王と女王がモチーフ。ヘンリー7世やリチャード3世がいる。

The Arab Room
順路に従っていくと、次はアラブ・ルームと呼ばれる部屋。

実際にはアラブというより、トルコの建築様式の影響を強く受けている。アラブ様式はタイル中心だが、トルコ様式はここのように木製装飾を多用する。実際、バ-ジェスは中世デザインのルーツは中近東にあるとして、何度も研究に訪れている。中近東、正確にはイスタンブールはビザンティン文化の中心であり、そのビザンティン文化がしだいにヨーロッパに伝播していったものが、中世ヨーロッパ文化。なので、彼の理解はとても的を得てたということになる。

The Arab Room
暖炉上部の装飾。
この大理石パネルに建築家バージェスと施主ビュート候の名とともに1871年の完成年が記されている。
全屋敷の装飾の中で、彼らの名前を記述してあるのは、このパネルだけだそうだ。

The Arab Room
日本人は豊臣秀吉を連想するかな・・・!?

The Arab Room
床は大理石象嵌。

The Banqueting Hall
次はバンケティング・ホール。
この屋敷の中で一番広い部屋で、中世の大ホールをイメージして、
もともとあった7寝室をぶち抜いて作られたとか。

The Banqueting Hall
同じバンケティング・ホールを反対から見たところ。
スクリーンで仕切られた上の部分はギャラリーになっていて、ここでミュージシャンが演奏をする。
中世の城の大ホールと、同じ構成になっている。

The Banqueting Hall
暖炉の上の装飾。

馬上の騎士はこの城を12世紀に建造した、グロースター伯ロバート。中央でクラウンを被った女性は皇妃マティルダ。この部屋の装飾はすべてこの12世紀の城主の時代の、イングランド内乱の歴史。
簡単に書くと・・・ノルマン朝のヘンリー1世の死後の王位争奪戦で、王の娘マティルダ(神聖ローマ帝国皇妃、皇帝の没後アンジュー伯に嫁すが、皇妃の称号は保持していた)に相続権が約されていたにもかかわらず、貴族を掌握した王の甥スティーヴンが、先手を打ってロンドンで戴冠してしまう。そこからイギリス国内はこの両派に分かれての内乱状態になる。グロースター伯ロバートは、皇妃マティルダの腹違いの兄弟で、皇妃を何度も危機から救い第一の騎士としてスティーヴン王軍と戦った・・・という話。全然簡単ではないか・・・。
とにかく、いつの時代でも内乱というものは双方の消耗を招くだけで・・・いつかは新しい合意が生まれざるを得ない。
それが、この上部の壁画のシーン。マティルダの12歳の息子ヘンリー2世のイギリス上陸。
その後も史実上は戦乱が続くが、実際このヘンリー2世がノルマン朝に代わる、プランタジネット朝の開祖となって、イギリス文化が形成されていく。また歴史話が多いな・・・ヴィジュアルいきます。

Wallpainting in The Banqueting Hall
壁面上部の壁画は、この皇妃マティルダとスティーヴン王の抗争がテーマ。

The Banqueting Hall
これもグロスター伯が皇妃を救出するシーン。

The Banqueting Hall
ステンドグラスの出窓。

The Banqueting Hall
出窓部分の天井。中央の8枚の花びらに描かれているのは、オウム。
バージェスもビュート候もオウムが好きだったとか。
そのため、装飾のあちこちにオウムのモチーフが使われている。

Deatail
出窓部分の壁画。
これは奇妙な動物達が描かれた中世写本の飾り縁からアイディアを採っているのだが、
オウムのみならず、両者ともに動物好き。ありとあらゆる動物が顔を出す。
癇癪もちといわれるバージェスだが、独特のユーモアのセンスもあって、頻繁にモチーフで「遊んで」いる。

Staircase
バンケティング・ホールから覗いた階段部分。
ここは入れないのだが、ドアが開いていたので覗いてみた。
階段といえども・・・手の込んだことになっている。


今日はこれぐらい。また明日も・・・まだまだ続く。

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